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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)8879号 判決

原告 宮本順徳

被告 日本勧業角丸証券株式会社

主文

〈1〉  被告は原告に対し金二九九万九二〇〇円ならびに内金一四九万二〇〇円に対する昭和四一年九月二九日から、内金八三万円に対する昭和四五年八月二五日から、各完済に至るまで年六分の割合による金員および内金六七万七〇〇〇円に対する同年同月同日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

〈2〉  原告のその余の請求を棄却する。

〈3〉  訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の、その余を被告の負担とする。

〈4〉  この判決中、原告勝訴の部分にかぎり、原告が金五〇万円の担保を供するときは、かりに執行することができる。

事実

原告は本件請求の趣旨および原因をつぎのとおり述べた。

主位的請求の趣旨

一  被告は原告に対し、株式会社三越株券四万五〇〇〇株、住友セメント株式会社株券三万一一六一株、三井不動産株式会社株券一万四二七五株、森永製菓株式会社株券七六八〇株を引渡せ。

二  もし、右株券の引渡しについて強制執行ができないときは、その部分の株券につき、株式会社三越株券一株につき金三二六円、住友セメント株式会社株券一株につき金一一四円、三井不動産株式会社株券一株につき金四八四円、森永製菓株式会社株券一株につき金一四六円の割合によつて算出した金員を支払え。

三  被告は原告に対し金七五四万三〇八〇円および内金四八八万一八二三円につき昭和四一年九月二九日から、内金一九六万七二五六円につき昭和四四年一〇月八日から、内金六九万四〇〇一円につき昭和四五年八月二五日から各完済に至るまで、年六分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

予備的請求の趣旨

主位的請求の趣旨の一に対する予備的請求として

一  被告は原告に対し金三三八一万一一四七円およびこれに対する昭和四五年八月二五日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

との判決および仮執行の宣言を求める。

主位的請求の原因

第一(主位的請求の趣旨第一、二項につき)

一  (原告と角丸証券株式会社代理人石井との間の取引契約の内容)

原告と角丸証券株式会社(証券業者であつたが、昭和四二年一一月二八日被告会社に合併されたので、被告会社は角丸証券株式会社が従前有した一切の権利義務を承継した。以下角丸証券株式会社を旧会社と称する。)の清水支店に勤務する届出有価証券外務員であり、かつ旧会社の代理人である石井宏とは、昭和三一年原告がはじめて株式取引をするにあたつて、つぎのとおり合意した。

原告は、旧会社に対し指値もしくは成行注文によつて売買委託をなし、旧会社がこれを買付けた場合にはその旨を原告に報告したうえ旧会社において買付けられた株券を保管し、いわゆる名義貸(株券の所有名義を旧会社にすることを原則としたが後には旧会社清水支店内を住所として原告ないしその家族名義あるいは第三者名義とすることも両当事者は合意した)をなすこと。

右名義貸に伴い旧会社は新株式の払込手続、新株券の受領、配当金の受領などを原告に代行して行ない、配当金は決算期ごとに各銘柄を合計して支払い、受取新株券は前に述べた旧株についてと同様保管をなすこと。

保管株式は原告の売付委託による売付ができたときは出庫して買方に引渡し、残余については原告から請求のあり次第直に引渡すこと。

右各株券はいわゆる信用取引の担保(代用有価証券)として利用することを考慮したこともあつて、引渡しにあたつては株券の個性(特定性)は問題とせず、同種、同量の株券を交付すれば足りること。

なお、原告において旧会社に対し買付代金および新株払込代金を支払う債務あることは当然である。

以上を法律的にみれば、売買委託と寄託との継続的混合契約である。

二  (株券引渡ならびに新株取得契約の成立)

右包括的契約を基本として、その後各個別株式について買付・保管・新株取得・株券引渡の合意が次のとおり成立した。

原告は右石井に対し、添付第一表〈省略〉(一)ないし(四)の各株式につき、いずれも各買付委託年月日欄記載の頃、株数欄記載の株数を指値もしくは成行で買付委託をなしたところ、旧会社代理人たる石井はいずれも買付価額欄記載の単価で所要株数が買付できた旨報告し、これに基づく売買代金としてその支払を請求し、原告はすべてこれに応じて支払ないし精算(売却株式の代金等をもつて充てる)をした。

また払込を要する新株式の発行に際しては、いずれも新株払込年月日欄記載の増資につき、一株当り払込金額に増加株数を乗じた額を右石井が払込代金に充当するとして請求し、原告はこれに応じ前記同様支払もしくは精算を了したのである。

従つて、右石井宏が旧会社の代理人として各株式につき当該価額で買付けができたと報告し、旧会社の請求に応じて原告はその代金を支払つているのであるから、遅くともこの代金支払時において旧会社は原告に対し各株券をその株数買付け、以後株券を保管したうえ増資新株式や配当金を取得してこれを原告に引渡すべき義務を負うべき旨の合意が成立したものである。

そして前述のとおり株券の個性は問題とせず、同種・同量のものを交付すれば足りるのであるから不特定物の引渡債務としてその履行は現在においても、可能であり、前述のように旧会社が引渡義務を負つた時点以降の株価の変動いかんにより、その履行可能性に何らの消長をきたすものではない。

三  (昭和四〇年一二月二九日付引渡契約の成立)

かりにしからずとしても、旧会社の代理人石井宏は昭和四〇年一二月二九日、森永七六八〇株、三越三万株、住友セメント二万一六四〇株、三井不動産一万〇〇七四株、住友セメント新株一七三一株を石井宏が原告より預り中である旨の書面を原告に差出しこれにより旧会社は同書面記載の各株数を旧会社において保管していること、したがつて原告に対し引渡すべきことを承諾したものである。右書面には単に石井宏の署名、押印がなされているにとどまるが、商行為の代理であるから商法第五〇四条により、本人の為にすることを示さなくても当然その効果は本人である旧会社におよぶものである。

四  (結論)

原告と旧会社との間に成立した買付委託、新株払込金委託、新株券受領、株券寄託契約にともなう株券の現在高は第一表(一)ないし(四)記載のとおりである。よつて原告は旧会社の一般承継人である被告に対し債務の本旨に従う履行を求めて請求の趣旨第一項の、かりにその執行が不能の場合にそなえ、弁論終結時における各株式の東京証券取引所の終値をもつて算出した。同第二項の判決を求めるものである。

第二(主位的請求の趣旨第三項につき)

一  (未受領配当金)

旧会社ならびにその一般承継人である被告は、旧会社と原告との間の前記特約にもとづき、旧会社ならびに被告が原告の株券を保管している間、その株式配当金受領の手続を原告に代つてなしたうえ、これを原告に引渡すべき義務があるところ、添付第二表〈省略〉記載のとおり各株式利益金の配当がなされたので、原告は被告に対し、その合計額金三一五万九九一四円ならびに内四九万八六五七円に対する催告の後である昭和四一年九月二九日から、内一九六万七二五六円に対する催告の後である昭和四四年一〇月八日から、内六九万四〇〇一円に対する催告の後である昭和四五年八月二五日から支払ずみまで商事法定利率による遅延損害金の支払を求める。

二  (平和不動産および早川電機株券)

原告は昭和四〇年九月下旬旧会社の代理人たる前記石井宏に対し、平和不動産株式会社株券二四〇〇株、早川電機株式会社株券六〇〇〇株を交付し、これを原告およびその妻訴外宮本英子名義に名義書換するよう各発行会社に手続をとることを委託し、旧会社は右名義書換が終り、書換済証券を受領し次第、ただちにこれを原告に返還することを約した。

旧会社は書換済の両株券を昭和四〇年九月三〇日ごろ発行会社から受領したが、これを原告に引渡さないまま、訴外石井が原告に無断で昭和四〇年一二月一三日早川電機株式会社株券三〇〇〇株を一株当り一三〇円で、同月一四日同上株券三〇〇〇株を一株当り一三二円で、平和不動産株式会社株券一〇〇〇株を一株当り二九六円、同上株券一四〇〇株を二九三円で売却してしまい、もはや右株券の返還債務は履行不能となつた。

よつて原告は旧会社の一般承継人である被告に対し、右填補賠償として右履行不能となつた時期の右株券の価格である合計一四九万二二〇〇円およびこれに対する催告の後である昭和四一年九月二九日から支払ずみまで商事法定利率による遅延損害金の支払を求める。

三  (信用取引差益金)

原告は前記訴外石井宏を通じ、旧会社に対し、昭和四〇年一二月三日本田技研工業株式会社株式二万株を一株当り二九二円で、同二万株を一株当り二七五円で、いずれも信用取引(証券取引法第四九条)の方法で買付けるよう委託し、訴外石井はいずれも買付が成立した旨原告に報告した。

原告は昭和四一年七月二七日旧会社清水支店に到達した内容証明郵便で右株式全部を右到達の翌日の東京証券取引所における最終立会いで売却するよう委託したが、同月二八日の右取引所における本田技研工業株式会社の最終価格は一株当り三六六円であつた。

原告が右株式を買付けてから、売却するまでの間、昭和四一年二月期において右株式利益配当額が確定(配当率年二〇パーセント、決算期毎年二月、八月、一株当り手取額四円五〇銭)した。

よつて原告は旧会社の一般承継人である被告に対し、右売買代金の差益金四八二万円および昭和四一年二月期の右株式の配当金相当額二七万円から、売買手数料および継続手数料九四万一〇〇〇円、融資金利息一一四万九四六四円、有価証券取引税一〇万八五七〇円を控除した二八九万〇九六六円およびこれに対する催告の後である昭和四一年九月二九日から支払ずみまで商事法定利率による遅延損害金の支払を求める。

予備的請求の原因

第一(新株引渡債務の履行不能による損害賠償請求もしくは不当利得返還請求)

かりに、主位的請求のうち新株引渡の請求が理由なしとするならば次のとおり主張する。

旧会社代理人石井宏が預り保管中の森永製菓の旧株券を無断で売却し、あるいは買付注文を出すことをなさなかつたため、三越、住友セメント、三井不動産の各旧株が存在せず、その結果、原告に対する新株式についての引渡が不能と解されるならば、旧会社の一般承継人である被告は右各旧株の引渡遅滞に起因する新株式引渡不能により原告に与えた損害を賠償するべきである。

一  (プレミアム)

右新株引渡不能による損害としては、払込ないし割当期日における新株の時価から払込金額を控除したいわゆるプレミアム分相当額を被告において支払うべき義務があるところ、その内容は添付第三表〈省略〉記載のとおりであつて、合計一七五〇万九三四七円である。(なお右第三表払込ないし割当期日における新株一株当り時価欄記載の金額は当該日の東京証券取引所の終値である。)

よつて、原告は被告に対し右金一七五〇万九三四七円およびこれに対する催告の後である昭和四五年八月二五日から完済に至るまで商事法定利率による遅延損害金の支払いを求める。

二  (新株払込代金の返還)

また新株の引渡が不能とすれば、被告は原告に対し旧会社代理人石井宏によつて受領済である新株払込代金を損害賠償または不当利得金として返還するべき義務があるが、その内容および内訳は第四表〈省略〉記載のとおり合計九〇万五八〇〇円であるから、原告は被告に対し右金九〇万五八〇〇円およびこれに対する前同様の遅延損害金の支払を求める。

第二(旧株引渡債務の履行不能による損害賠償請求もしくは不当利得返還請求)

かりに前記旧株の引渡債務の履行が不能と解されるならば、旧会社の一般承継人たる被告は原告に対し、三越、住友セメント、三井不動産に対する旧株買付代金として、前述のとおり受領済みの各金額を履行不能にともなう損害賠償ないし不当利得返還として支払うべき義務があり、また森永製菓については、無断売却に起因する返還義務の履行不能を生ぜしめた損害賠償として売却時の価額相当額を支払うべき債務がある。

株式買付代金額および無断売却時の時価は添付第五表〈省略〉記載のとおり合計金一五三九万六〇〇〇円であるから、原告は被告に対し右金一五三九万六〇〇〇円およびこれに対する前同様の遅延損害金の支払を求める。

被告は

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求め、請求原因に対する答弁として、つぎのとおり述べた。

第一主位的請求の原因に対する認否

一(一)  主位的請求の原因の第一の一のうち、旧会社が証券業者であつたこと、被告が昭和四二年一一月二八日旧会社を合併し、その一切の権利義務を承継したこと、訴外石井宏がもと旧会社の清水支店に勤務する届出有価証券外務員であつたこと、原告と旧会社との間に昭和三一年ごろから訴外石井を介して株式取引がなされ、旧会社が原告から株式の買付、売付の委託ならびに買付株券の寄託を受けたこと、受託株券のうち代用有価証券にあたるものについては同種同量の株券を返還してもよい旨の合意のあつたこと、昭和三一年一〇月一九日受託の三井不動産一〇〇〇株についてのみ名義貸契約のあつたことは認めるが、その余は否認する。なお、代用有価証券につき、同種同量の株券を返還してもよいのは旧会社が同種同量の株券を返還すれば免責を受けるとの意であつて、原告が種類債権を有するとの意ではない。

(二)  同二のうち、旧会社が原告から添付第六表〈省略〉記載の各株式につき原告主張の日に買付の委託を受け、これを承諾して買付けたうえ、原告のため株券の寄託を受けて保管したこと、原告主張の各銘柄の株式につき、原告主張の時期に、原告主張のとおり増資新株割当のあつたことは認めるが、その余は否認する。なお、右各株券の寄託の年月日は第六表記載のとおりである。

(三)  同三のうち訴外石井が旧会社の代理人であることは否認し、その余は認める。

(四)  同四は争う。

二(一)  同第二の一のうち原告主張の銘柄の各株式につき、原告主張の時期に原告主張のとおり利益配当のなされたことは認めるが、その余は否認する。

(二)  同二のうち、原告が訴外石井に対し、原告主張の委託をなしたとの点は不知、原告主張の各銘柄の株式の原告主張の時期における価格が原告主張のとおりであつたことは認めるが、その余は否認する。

(三)  同三のうち原告が旧会社に対し原告主張の買付委託をなし、買付が成立したとの点は否認する。その余の事実は認める。

第二予備的請求の原因に対する認否

一  予備的請求の原因の第一の一のうち原告主張の各銘柄の原告主張の時期における新株割当に対する払込金額、新株の時価がそれぞれ原告主張のとおりであつたことは認めるが、その余は争う。

同二のうち旧会社が利得したことは否認し、その余は争う。

二  同第二のうち、原告主張の各銘柄の株式の原告主張の時期における価格が原告主張のとおりであることは認めるが、旧会社が原告主張の株式買付資金を受領したことは否認する。

その余は争う。

第三抗弁

一  原告は添付第六表記載の各売却日時のころ、原告の代理人である訴外石井宏を通じ、あるいは取引の赤字補填のため原告の株券の売買を包括的に委任されていた石井が、旧会社に対し、各株式の売付を委託し、旧会社はこれに応じて右表記載のとおり売却し、買主に引渡したから、旧会社の原告に対する株券返還義務はこれによつて消滅した。

二  原告は旧会社との取引期間中、取引によつて生じた旧会社に対する債務の支払を怠つたために、訴外石井がこれを原告に代つて旧会社に支払い、その結果訴外石井が穴埋めのため原告の株券を無断売却するなどして本件の事態を生じたもので、原告に各種損害を生ずるについては、原告の過失も原因をなしているから、過失相殺を主張する。

原告は、右抗弁事実一のうち訴外石井の代理権を否認する、その余は不知。

同二は否認する。

と述べた。

証拠〈省略〉

理由

第一主位的請求中の株券引渡請求について

一、被告が昭和四二年一一月二八日旧会社を合併し、旧会社が従前有した一切の権利義務を承継したことは当事者間に争がない。

二、原告と旧会社清水支店との間に、昭和三一年ごろから、顧客対証券業者としての取引関係のあつたこと、右取引は旧会社使用人兼届出有価証券外務員訴外石井宏を通じてなされたことは当事者間に争がなく、そのさい原告と旧会社間に介在した訴外石井宏の地位について、原告は旧会社の代理人であると主張し、被告はこれを争つているが、証人石井宏の証言ならびに原告本人尋問(第一回)の結果に徴すると、旧会社が外務員たる訴外石井に対し、顧客よりの株式売買の委託ならびに株券の寄託を承諾し、あるいは関連する通常の業務について代理権を与えていた事実を認めることができ、これに反する証拠はない。なお、右各証拠ならびに証人石井宏の証言により真正に成立したと認められる乙第一四号証の一ないし三を総合すると、原告は昭和三五年三月ごろ訴外石井が原告関係の事務処理に関して欠損を生じたのを公けにしないで、同人に対し金二七〇万円を貸付けたこととし、同人から割賦で返済を受けることとした事実を認めることができ、この事実からすると、原告と訴外石井との間に一般の顧客と証券会社外務員の関係よりも一層親密な関係のあつたことがうかがわれるが、右の事実はさきの認定をなんら妨げるものではない。

三、(一) 証人石井宏の証言、原告本人尋問(第一、二回)の結果ならびにこれらにより真正に成立したと認められる添付第七表〈省略〉(一)ないし(三)記載の各書証を総合すると、原告が旧会社の代理人たる訴外石井に対し、同表記載のとおり各日時に各株式の買付を委託し、そのさい株式が買付けられたら、旧会社においてその株券を原告のため保管し、当該株式に対する配当金の受領、新株発行に伴なう手続をすること、原告から売付の委託ないし引渡の請求があれば買付にかかる株券を買主もしくは原告に対し引渡すべきことを委託し、石井は旧会社の代理人としてこれを承諾した事実を認めることができ、これに反する証拠はない。しかし、証人石井宏の証言ならびに、旧会社の帳簿として真正に成立したことが当事者間に争のない乙第一ないし一三号証(枝番を含む。)に右各株券の買付の記載のない事実によれば、訴外石井は原告より買付委託のあつたことを旧会社に報告せず、従つて、現実にはすべて買付がなされなかつたことを認めることができ、これに反する証拠はない。すなわち、原告本人尋問(第一、二回)の結果および証人石井宏の証言ならびに前出乙第一号証の一、同第一三号証を総合すると、訴外石井宏は原告が旧会社の顧客となつて現物および信用の方法による株式取引を開始した昭和三〇年一〇月から旧会社の外務員として原告との取引を担当し、昭和三一年三月ごろまでは売り買いとも原告の指示どおり順調に進行していたが、その後原告がほぼ一ケ月ないし三ケ月ごろに行なう清算のさいに、訴外石井に対し、旧会社の原告に対する立替金の支払の猶予方を求め、訴外石井は旧会社から立替金の徴収方を督促されたことから、訴外石井は原告からの現株買付注文を信用取引による買付注文として会社へとりついだりするようになり、だんだん原告の注文とこれに対する旧会社の処理の間にくいちがいを生じ、ついには旧会社の方では原告の取引口座を閉鎖してしまつているのに、原告と訴外石井との間においては依然かなりの取引が継続しているものとして原告からあらたな注文がなされ、訴外石井はこれを注文どおり処理したものとしての報告がなされている状態がつづき、昭和四〇年の訴外石井の解雇の時期に至つたとの事実を認めることができる。さらに成立に争ない甲第一〇ないし一四号証(枝番を含む。)、証人石井宏の証言および原告本人尋問の結果(第一回)によつて訴外石井が作成した株式取引に関する計算書であると認められる甲第一五ないし三四号証(枝番を含む。)と、前出乙第一ないし一三号証(枝番を含む。)とを仔細に比較検討してみると、訴外石井が原告の指示をそのとおり旧会社に報告せず、そのために原告の指示どおりの処理がなされなくなつたのは、昭和三一年四月一〇日富士粉六〇〇株単価四二円五〇銭の買注文、同年一一月二日ごろ大同海運一五〇〇株単価六九円の売注文(もつともこれはそれ以前に訴外石井が勝手に右株を売却して該当株が存在しなかつたためではないかと考えられるが、訴外石井が原告に交付した計算書が一部提出されていないため、右無断売却の事実は確認することができない。)からであり、また訴外石井が原告の指示がないのに勝手に原告の注文によるとして処理をしたのは同年八月二一日日通三〇〇〇株の信用売買による売却からであること、爾来少しずつ原告の計算と旧会社の計算に差を生じ、昭和三三年秋ごろから右のくいちがいが甚しくなつてきたこと、昭和三七年三月二四日には旧会社における原告の取引口座は同日原告より金一六万〇五〇二円を支払つて差引貸借なしの状態となり、取引終了となつていること、従つてその後になされた原告のすべての指示は訴外石井によつて旧会社に報告されることなく、いわゆるのんだ状態となつていることが認められるのである。

(二) つぎに添付第六表記載の各株式については、該当月日に、原告から旧会社に対し、該当株式の買付委託のなされたことは当事者間に争がなく、右買付委託について前項で認定したのと同様の特約のあつたことは、前認定と同様証人石井宏の証言ならびに原告本人尋問(第一、二回)の結果によつてこれを認めることができる。そして、右第六表記載の各買付委託について、委託どおりの買付ならびに株券の寄託のなされたことも、当事者間に争のないところ(受託年月日のみについて一部争があるが、裁判所は旧会社の帳簿として真正に成立したことが当事者間に争のない同表記載の書証により、同表記載のとおり認定する。)であるが、右第六表記載の各株券についても同表証拠欄記載の各書証により、いずれも該当日時に売却出庫された事実を認めることができる。被告は右売却は原告がその代理人である訴外石井宏を介し、あるいは取引の赤字補填のため原告の株券の売買を包括的に委任されていた訴外石井が旧会社に売付委託をなしたので、原告のため売却したものであると主張するが、証人石井宏の証言によれば、右はいずれも訴外石井が原告から何らの権限も与えられることなくほしいまゝに売却したものであることが認められ、これに反する証拠はない。

四、(一) 原告は、原告と旧会社との間に成立した前項記載の各契約はいずれも売買委託と寄託の混合契約であり、当事者間に株券返還については同種同量のそれを返還すればよい旨の特約があり、かつ、右契約にもとづく債務の本旨に従つた履行として、旧会社の一般承継人である被告会社は原告に対し、旧会社が買付をしなかつたものについても、あるいは訴外石井がほしいままに売却をした結果、被告が現に保管をしていないものについても、これと同種同量の株券の引渡を請求し得ると主張している。

(二) 前認定の原告と旧会社間の契約は、売買委託をふくむ混合契約であると解されるが、株式買付委託による委任契約の効力としては、受任者はまず指定銘柄の株式を指定の日時に、あるいは指定の価格で買受けたうえで、これを委任者に引渡すべき債務を負担するものであつて、買受ける以前に不特定物たる同種同量の株券を引渡す義務を負担するものではないことは民法第六四六条にてらし明らかであり、この理はたとえ、受任者が買付完了の報告をなし、代金相当額を受領した事実があつても、これによつて、影響を受けるものではない。受任者が委託にかかる買付が可能であるのにかかわらず、これをしないときに委任者が受任者に対し損害賠償の請求をなし得る場合のあることはもちろんであるが、債務の本旨に従つた履行としては前述のごとく解するほかはないから、原告の株券引渡の請求のうち、旧会社により買付のなされていない株券(添付第七表(一)ないし(三)記載のもの)にかかるものは失当というべきである。

(三) また、前記の混合契約は一種の寄託の性質を含むものと解されるところ、証券業者が顧客から株券の寄託を受ける場合にはいわゆる運用預りなど特段の合意のないかぎり、あくまでその所有権もしくは処分権は顧客に留保されているのであり(もし、そうでないと解するときは、証券業者は予想される返還請求にそなえて、一定率の株券を準備しておくにとどめ、その余は随時かつ適宜の運用を許され、しかも、証券業者に対する一般債権者は寄託された株券に対し自由に強制執行をすることができることになるが、かかる解釈が寄託者たる一般顧客の地位を甚しい危険にさらすおそれのあることはいうまでもない。)、ただ株券がその本来の性質として、同銘柄のなかでは記号番号をもつて特定しうるほか、まつたく個性を有しないものであるから、特約の存する場合にかぎり、証券業者は寄託者の所有権の対象物である株券を、同銘柄、同数量の範囲で、自由に交換することが許されているに過ぎないと解するのが相当である。そうすると、寄託者が証券業者に対し寄託契約の効力として返還を請求しうる株券は、寄託者において記号番号をもつて特定することができない場合においても、証券業者が寄託者の財産として保管しているところの特定の株券でなければならないから、証券業者が寄託者から一旦受託した株券、あるいはこれにかわるものとして証券業者が保管していた株券が、寄託者の意思と関係のないなんらかの事情により失われ、証券業者が保管していない状態となつたときは、その時点において株券返還債務は履行不能により消滅するといわねばならない。証券業者が受託保管中の株券が紛失したときは、同種同量の株券を顧客に引渡さねばならない旨の合意がある場合についても、右の履行不能に対する損害賠償の方法を定めたものであつて、寄託の性質そのものを消費寄託とする趣旨と解すべきではない。

さて、原告は本件各寄託に関し、原告と旧会社との間に、旧会社は原告に対し原告から預つた株券と同銘柄、同数量の株券を返還すればたりる旨の合意があつたと主張し、原告本人尋問(第一、二回)の結果中これに副う部分があるけれども、右の合意をもつて受寄株券の所有権ないし処分権一切を旧会社に移転する旨の合意であるとは到底解することはできず、他にその旨の合意の存したことを認めるに足りる証拠はない。そうすると原告と旧会社との間に結ばれた前認定の混合契約のうち、寄託の性質を有する部分は、やはり前説明のごとく特定物の寄託たる内容を有するものと解すべきであつて、前認定のとおり、訴外石井がほしいまゝに出庫し売却した株券については、旧会社の右契約にもとづく原告に対する株券返還債務は、右売却の時点において履行不能によつて消滅したというべきである。なお、原告の前記の主張がさきに言及した損害賠償の方法に関する特約が原告と旧会社との間に存在したことについての主張を含むものであるとしても、立証がないから、その意味における株券引渡請求権をも原告は有しないといわなければならない。

従つて、原告の株券引渡請求のうち訴外石井によつて売却された分(添付第六表記載のもの)に関するものも失当とせざるを得ない。

(四) つぎに、原告主張の寄託株券中添付第一表(三)(7) のものについて検討する。原告は昭和三一年一二月一三日に旧会社の代理人たる訴外石井に対し三井不動産四〇〇〇株を単価四一一円で買付を委託したと主張しているが、右の事実を認めるに足りる証拠はなく、前出甲第一八号証の七および八、乙第三号証の一三によれば、これに該当するものとして第八表〈省略〉記載の信用取引による合計三五〇〇株分の買付委託が認められるに過ぎず、右各書証によれば、右委託はそのとおり実行され、のちに原告の指示に従い、信用取引のまゝ他に売却されている事実を認めることができる。なお原告本人尋問(第二回)の結果により真正に成立したと認められる甲第四七号証の一には右のほか昭和三一年一二月一七日三井不動産五〇〇株単価八九六円の信用買が記録されているが、原告本人の供述によれば、同号証は昭和三四年末ごろ原告の手許に保存されていた訴外石井が持参した旧会社の計算書をもとにして原告が作成したものであるにかかわらず、該当期間の計算書である前出甲第一八号証の一ないし一三にその旨の記載がないから、右甲第四七号証の一の記載部分は措信することができない。また原告本人尋問(第二回)にさいして、原告は右信用取引の方法で買付けた四〇〇〇株について、買付と売却の中間の時点である昭和三一年一二月ごろにおいて無償倍額増資の新株割当がなされたので、右割当新株受領の手続を訴外石井に委託し、これが割当を受け、これを旧会社をして保管せしめた旨供述しているが、真正に成立した旧会社の帳簿であること当事者間に争のない乙第一五ないし二〇号証(枝番を含む。)および同第二二ないし二五号証(以上いずれも原告に対する保護預り有価証券明細簿)にその旨の記載が存在しない点から見て、前記三五〇〇株の信用売買の中間時点における新株割当受領の手続はなされなかつたかまたは、訴外石井によつてほしいままに処分されたかのいずれかであることを認めるほかはない。

そうすると右四〇〇〇株の引渡請求が買付寄託にかかる株券の引渡請求として理由のないことはもちろんのこと、買付にかかる株に対する割当新株の引渡請求としても、新株受領の手続自体がなされず、よつて新株保管の事実がはじめからないかまたは、現に当該株券を被告が占有していないのであるから、これまた前記四の(二)および(三)において述べたと同様の理由によつて失当であるといわねばならない。

五、つぎに原告の新株引渡の請求について判断する。原告主張の各銘柄の株式につき、原告主張の日時に、原告主張のとおり新株割当のなされたことは当事者間に争のないところであるが、添付第一表(四)(1) の株券森永二〇〇〇株につき、昭和三四年一〇月一日に行われた新株割当を除き、その余のすべての場合において、旧会社が原告主張の旧株を原告のために保管していなかつた事実は前認定のとおりであるから、旧会社がこれに対する新株取得の手続をするによしなく、従つてこれを原告のために受託保管した事実のないことは証拠を案ずるまでもない。また、前記森永二〇〇〇株については、旧会社が昭和三四年一〇月一日の新株割当当時これを原告のために保管していたことは当事者間に争のないところであるが、真正に成立した旧会社の帳簿であること当事者間に争のない乙第九号証の一ないし四、第一九号証の二、第二〇号証、第二二号証のいずれにも右割当にかかる新株取得ないし受託保管に関する記載のないことに徴すると、旧会社は、右新株取得の手続をなさず、かつこれを受託保管することもなかつたものと認めざるを得ない。そうするとさきの買付義務不履行の場合と同様、原告は本件各新株の引渡を求める権利はなく、右請求はこれを失当とせざるを得ない。

六、原告は主位的請求の原因第一の三において旧会社の代理人である訴外石井宏が、昭和四〇年一二月二九日原告に対し、原告主張の株券を旧会社が原告のため預り保管中である旨確認した書面を原告に差入れ、これが返還引渡を承諾したから、右株券の引渡を求める権利がある旨主張するので、これについて判断する。右事実は当事者間に争いがないけれども、右の時点において旧会社が原告のため右各株券を保管していなかつたことは前認定のとおりであるから、右の引渡の承諾が確認的効力を有するものとしてなされたとするならば、これによつて引渡請求権を発生させるものでないことはいうまでもなく、もし創設的効力を有するものとしてなされたとするならば、旧会社の外務員である訴外石井が旧会社のためにかかる行為をするには特別の授権を必要とすることは論をまたないところ、この点についてなんらの立証がないから、やはり右の引渡承諾が旧会社の承継人たる被告に対し有効であると認めることはできない。したがつて原告の右の請求もまた理由がない。

七、つぎに原告は本件株券引渡請求について、その強制執行ができないときのことをおもんばかり、金銭による代替的請求をなしているが、以上の説明のとおり、株券引渡の請求がすべて理由がないのであるから、代替的請求の理由のないことは多言を要しない。

第二主位的請求中の金銭支払請求について

一、まず、原告の配当金請求について判断する。前認定のとおり、旧会社は昭和三六年六月二三日原告より預り中の森永一〇〇〇株を出庫したのを最後に、その後は原告主張の株券をまつたく保管していなかつた。一方原告の請求する配当金はいずれも昭和四一年以降の期間に属するものである。原告は、寄託中の株券の配当金に関し、前認定の合意が存する以上、旧会社あるいはその一般承継人である被告が原告主張の株券を各配当の時期において保管しているか否かにかかわらず原告は配当金請求権があるとするもののようであるが、前認定の合意中配当金受領に関する部分は一種の委任もしくは準委任契約というべく、その内容である配当金受領の事実がないのに、原告がその支払を被告に請求し得ないことは当然である。しかして前説明のとおり旧会社もしくは被告会社は原告主張の期間中原告主張の株券を原告のため保管していなかつたのであるから、旧会社あるいは被告が配当金受領の手続をなし得ないことは証拠を案ずるまでもなく、結局原告の配当金に関する請求もまたすべて失当といわねばならない。

二、(一) つぎに原告の早川電機ならびに平和不動産の株式無断売却を原因とする損害賠償請求について判断する。原告本人尋問(第一回)の結果、証人石井宏の証言ならびに成立に争のない甲第四五、四六号証を総合すると、原告が主位的請求の原因の第二の二において主張する事実をすべて認めることができる。(ただし、原告主張の時期における株価が原告主張のとおりであつたことは当事者間に争がない。)そうすると他に特段の事情のないかぎり、旧会社の一般承継人である被告は原告に対し、株券返還債務の履行不能による填補賠償として履行不能となつた時期における当該株券の価格、すなわち訴外石井の売却価格の合計金一四九万二二〇〇円、ならびにこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四一年九月二九日から完済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金を支払う義務があるといわねばならない。

(二) 被告は右の請求に対し、過失相殺の抗弁を提出しており、証人石井宏の証言によれば、原告が旧会社との長期間に亘る信用取引の途中で、原告が旧会社に対し負債を生じたさいに、しばしばその清算の猶予を求めたことが認められるが、同証言によれば結局担当者であつた訴外石井が旧会社にそのことを報告しないまゝ、原告に対しては支払を猶予していたものであることも認められるから、原告が支払を遅らせたことをもつて原告の過失とすることはできず、被告の右抗弁は採用できない。従つて結局原告の右損害賠償請求はすべて理由があることとなる。

三、つぎに原告の信用取引差益金支払の請求について判断する。原告がその主張の日時に、その主張の内容証明郵便を旧会社に送付し、これが到達したこと、原告主張の株式が、その主張の日時にその主張の価格であつたことは当事者間に争がなく、証人石井宏の証言ならびに原告本人尋問(第一回)の結果を総合すると、原告が主位的請求の原因の第二の三において主張するその余の事実を認めることができる。しかしながら、証人石井宏の証言によれば、石井は原告主張の買付委託のあつたことを旧会社に報告しなかつたので、結局買付はなされなかつたことが認められ、従つてまた原告主張の売却もまたなされなかつたことは疑問の余地はない。とすれば、そこに現実の差益金の生じないことはいうまでもなく、従つて、差益金支払の請求の理由のないことは明白である。

第三予備的請求について

一、まず、原告の新株引渡履行不能を原因とする損害賠償もしくは不当利得の予備的請求について判断する(ただし、森永製菓一二〇〇株に関しては後記二にゆずる。)。

(一)  原告は旧会社が原告に対し新株引渡債務を負担したことがあり、これが履行不能となつたと主張するが、前認定の事実関係からすると、前説明によつて明らかなとおり旧会社の原告に対する新株引渡債務なるものはもともと発生していないのであるから、その履行不能を前提とする右の請求は失当とせざるを得ない。もつとも原告が右各新株の引渡を得られなかつたのは旧会社の添付第七表(一)ないし(三)記載の旧株買付義務不履行に起因するものであり、これを原因とすれば、プレミアム分相当額につき賠償請求の余地は考えられる。しかし、原告の主張が右の趣旨であるとしても、これはいわゆる特別損害にあたり、新株発行について被告がこれを予見し、または予見し得べかりし事情についての主張立証を要するところ、本件についてはそれがなされていない。

(二)  つぎに、新株のうち有償割当分についての払込金相当額の返還請求について判断する。原告主張の銘柄の株式について、原告主張の時期に、原告主張の新株割当のなされたことは当事者間に争がなく、原告は添付第四表記載のとおり、新株払込金を現実に支払つたと主張しているが、原告本人尋問(第二回)の結果ならびに前出甲第一五ないし二八号証(枝番を含む。)を総合すると、原告は第四表記載の新株払込金をすべて現実に払込んだのではなく、その一部は同表記載の割当時期に現金を訴外石井に交付して支払い、一部はその時点において、原告が従来の取引上旧会社に対して有するとされていた受取分(株式売却代金、配当金等)と相殺勘定とし、さらにその余は一応旧会社に立替払込をさせたうえで、のちに右と同様現金決済もしくは相殺の方法をとつたものであることが認められる。原告本人尋問(第二回)の結果中、右認定に反する部分は措信できない。しかして前出甲第二三号証、同第二四号証と右の事実を総合すると、原告は昭和三七年七月一二日訴外石井に対し第四表(1) の新株払込金四〇万五〇〇〇円を含め金五三万円を現実に支払つた事実を認めることができる。また前出甲第二九号証と右事実を総合すると、原告は昭和三八年九月二日第四表(3) ならびに(5) の払込金合計金二七万二〇〇〇円を含む金三三万九八八五円を訴外石井に対し現実に支払つた事実を認めることができる。しかしながら原告に対し実際には第四表記載の新株割当のなかつたことは前認定の事実関係から明らかであるから、結局旧会社は、法律上の原因がないのに、原告の損失において右新株払込金四〇万五〇〇〇円と二七万二〇〇〇円の合計額金六七万七〇〇〇円を不当に利得したものということができるから、旧会社の一般承継人たる被告は原告に対し、右金額ならびにこれに対する本訴における催告の後であることが記録上明らかな昭和四五年八月二五日から完済に至るまで民事法定利率による遅延損害金を支払う義務があることとなる。原告の請求は右の限度で理由がある。遅延損害金の請求につき、右の限度を超える部分の理由のないことは云うまでもない。

なお、第四表(2) 、(5) の各新株払込金については該当時期の計算書が存在しないし、同(4) の分については前出甲第二二号証の九にこれに関する記載は存するけれども、原告が現実にこれを払込んだ事実を認めるに足りる証拠は存在しない。従つて右第四表(2) 、(4) 、(5) の各新株払込金については原告は現実にその払込をしなかつたものであるとするほかはない。もつとも前認定の事実からすると、この分についても少くとものちに相殺によつて原告と訴外石井との間では決済完了とされたことが認められるが、右相殺によつて消滅したとされた原告の旧会社に対する債権の存否は本件証拠上必ずしもつまびらかでないのみならず、かりにこれが現実に存在したとしても原告に新株払込をなすべき義務がなく、従つて相殺が無効である結果、右の債権が相殺によつて消滅しなかつたこととなるだけであるから、この点をとらえて原告に損失又は損害が発生したといい得ないことはもちろんである。すなわち第四表(2) 、(4) 、(5) の各新株払込金に関する原告の損害賠償または不当利得返還の請求はいずれも理由がない。

二、つぎに原告の森永製菓新株一二〇〇株のプレミアム相当額に対する損害賠償請求について判断する。前認定または争ない事実関係によると、旧会社は、森永製菓の新株払込期日である昭和三四年一〇月一日当時、原告のため森永製菓旧株二〇〇〇株を受託保管中であり、これについて原告のため新株取得の手続をなすべき債務を負担していたところ、これをしなかつたのであり、同日における一株あたり時価は一九〇円、払込金は一株あたり四〇円であつたのであるから、原告は旧会社の右債務不履行により右一九〇円と四〇円の差額一五〇円の一二〇〇株分合計金一八万円の得べかりし利益を失つたと認められる。よつて原告は被告に対し右不履行による損害賠償として右金一八万円およびこれに対する催告の後であること記録上明らかな昭和四五年八月二五日から支払ずみまで商事法定利率による遅延損害金の支払を求める権利があり、原告の右請求は正当である。

三、つぎに原告の旧株買付代金返還または同額の損害賠償の予備的請求について判断する。

原告は添付第五表(一)ないし(三)の各株式買付委託につき、その買付資金を訴外石井を通じ旧会社に対して支払つたと主張している。右各買付委託が添付第七表(一)ないし(三)記載のとおりなされたことは前認定のとおりであり、原告本人尋問(第一、二回)の結果ならびに前出甲第一〇ないし三四号証(枝番を含む。)を総合すると原告の株式買付注文の資金の提供はほとんど持株売却による代金、信用取引による差益金、持株に対する配当金など原告の旧会社に対する債権と相殺する形でなされているのであつて、他の証拠上も原告主張の各株式買付資金が現実に支払われた事実はこれを認めがたい。すなわち

(1)  第七表(一)の(1) ないし(3) ならびに同表(三)の(1) については前出甲第四八号証の二と原告本人尋問の結果を総合しても右現実の支払は認められないし、右買付委託に該当する期間の計算書が前出甲第一〇ないし三四号証のうちに存在していない。

(2)  第七表(二)の(1) については前出甲第二二号証の一ないし八によれば原告と訴外石井の間では昭和三四年一二月二八日現在で、原告は旧会社に対する右(1) の買付資金分二〇五万三六二五円をふくめた支払分一四六一万四九三四円と一切の受取分一二六五万七二七〇円とを相殺した結果一九五万七六六四円の債務を負担している状態とされていたことが認められるところ、これを現実に支払つたか、のちに発生した原告の旧会社に対する債権と相殺したかについては右甲第二三号証に継続する計算書が提出されていないので明らかにすることができない。よつて右買付資金額のすべてについて現実の支払がなされたとは認めがたい。第七表の(二)の(2) ないし(5) についてはいずれも前出甲第四八号証の一、二、第四九号証の一と原告本人尋問の結果を総合しても各買付資金現実支払の事実は認めがたく、前出甲第一五ないし三四号証中に該当期間の計算書が存在していない。第七表(二)の(6) については、前出甲第三三号証によれば、買付資金は三四一万五〇〇〇株の売却代金と相殺された事実を認めることができる。

従つて、第七表(一)ないし(三)の買付委託について、前認定のとおり訴外石井がこれを旧会社に報告しなかつたため、注文どおりの買付はなされなかつたのであり、かつまた原告本人尋問(第二回)の結果により、原告の買付委託は指値又は成行注文でいずれも委託の当日かぎり有効としてなされた事実が認められるから、買付委託そのものが委託のとおり実行されなかつたことにより、いずれも無効に帰したことが認められるけれども、原告主張の買付資金支払の事実が認められない以上、原告に損害を生じもしくは旧会社に利得を生じたということはできず、原告の請求はすべて理由がない。

なお、前説明のとおり現金支払によらず相殺の方法によつて買付資金を提供し、かつ相殺により消滅したとされた旧会社の原告に対する債務が現実に存在したとしても、右委託の無効によつて、右債務が消滅しなかつたこととなるだけであることはいうまでもないから、やはり原告に損失もしくは損害を生じないというべきである。

四、つぎに原告の請求のうち森永製菓の株式無断売却による返還義務履行不能を原因とする損害賠償の予備的請求について判断する。この請求については、無断売却時の時価は当事者間に争いがなく、その他の事実関係は前認定のようにすべて原告主張のとおりであり、従つて売却時の該株式の価格合計六五万円とこれに対する催告の後であること記録上明らかな昭和四五年八月二五日から完済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求はすべて理由がある。

五、前記二および四において判断した各請求について、被告はいずれも過失相殺の抗弁を提出しているが、その理由のないことはさきに第二の二(二)において判断したのと同様である。

第四結論

以上の理由にもとづき、主位的請求のうち第二の二で認めたところおよび予備的請求のうち第三の一(二)、第三の二および四で認めたところの合計金二九九万九二〇〇円および内金一四九万二二〇〇円に対する昭和四一年九月二九日から完済に至るまで年六分の割合による金員、内金八三万円に対する昭和四五年八月二五日から完済に至るまで年六分の割合の金員内金六七万七〇〇〇円に対する昭和四五年八月二五日から完済に至るまで年五分の割合の金員の支払を求める限度において原告の本訴請求を認容し、その余はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石川義夫 菅野孝久 満田忠彦)

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